★映画「止められるか、俺たちを」

監督:白石和彌/脚本:井上淳一/キャスト:門脇麦(吉積めぐみ)・井浦新(若松孝二)・山本浩司(足立正生)・岡部尚(沖島勲)・大西信満(大和屋笠)・伊藤空(高間賢治)・渋川清彦(松田政男)・音雄琢真(赤塚不二夫)・高岡蒼佑(大島渚)・寺島しのぶ(前田のママ)/配給:若松プロダクション、スコーレ/2018年 
 若松孝二へのオマージュ。60年代末から70年代はじめの混沌とした社会、政治にエロ・グロ・ナンセンスのごった煮のような状況の時代の話である。私自身、北国の地方都市からある種の憧れをもって早稲田に入ったころ、授業はまともに受けられず、デモに誘われ、セクトに誘われ、そのうちに麻雀荘の海の中に沈んでいった。80年代に入っていつしか「学生運動」の熱は冷め、バブル景気にイケイケどんどんの世の中に左翼は埋没していく。もちろんそれと一緒に右翼もいつしかその声の音量は絞られ消え失せていた。そうなのだ、拝金主義に走り、この時代の”ソーカツ”もせずに、今はたんなるキレる老人になってしまった者たちがこうした時代を作ってきたと思えば、何となく納得できる映画なのかしもれない。
映画の公式サイトは、http://tomeore.com/

★映画"Churchill" チャーチル ノルマンディーの決断

監督:ジョナサン・テプリツキーJonathan Tepiitzky チャーチルブライアン・コックスBrian Cox 妻クレメンティーン:ミランダ・リチャードソン Miranda Richardson 英国王ジョージ6世:ジェームズ・ピュアフォイ James Purefoy アイゼンハワージョン・スラッテリー John Sattery 秘書ギャレット:エラ・パーネル Ella Purnell 2017年イギリス

 鑑賞。史実に基づくシナリオと思うが、台詞については脚色がある。最後の台詞、"We shall never surrender, and I shall never surrender."も実際の演説とは違っており*、チャーチルの心情を象徴的に示したかったのだろうと思う。いずれにせよ歴史的な「ノルマンディー上陸作戦」に向かう権力者の葛藤が描かれていた。どこぞの国の宰相とどうしても比較をせざるを得ない内容だった。

★BLACK OUTと「平成30年北海道胆振東部地震」

 9月6日早朝、ものすごい軋みに目が覚める。無意識に体を俯せにして布団に両手を広げて防御の姿勢になっていた。その状態でガタギシとなる大きな音を聞き続けた。マンションの4階である。つぶれることはないだろうと自分に言い聞かせてはいたが、一向におさまりそうにない横揺れになすすべがなかった。
 どのぐらい時間が経っただろうか、おさまったの確かめて体を仰向けに戻し枕もとのスマホに手を伸ばした。気象情報のアプリをタップし、地震情報の項目を開いた。最新情報として出てきたのは岩手県で深夜1時過ぎに起きた震度1の地震情報だった。しばらく画面をスワイプして情報の更新を続けていると、厚真町震源とするM6クラス、震度7、北海道の地図上に震源が赤い丸で示された情報が出てきた。大変なことになった。何をすべきかと体を起こしやや茫然としていたら、小さくパツンという音がして枕もとの読書スタンドが消えた。冷蔵庫のモーター音もスーッと止まった。懐中電灯を探し、次に非常用のダイナモタイプのラジオを探しそれに電池を入れてスイッチを回した。それが4時近かったように思う。
 それから懐中電灯で部屋の中を確認すると、玄関先のニッチに飾っていた版画が廊下におちてガラスが割れていることに気づいた。玄関先の部屋の本棚は倒れていなかったが、文庫本が数冊落ちていた。他に落ちたり倒れたりしたものはなかった。この状況ならば停電はすぐに解決するだろうと考えた。しかし一向に電気がつく気配はない。カーテンをあけ外の様子を見ると、街灯も手押しの信号機も消え、道路を挟んだ人形店の店内では警報音を鳴らしながら非常灯が回転しているのが見えた。事態がそれほど楽観できるようなものではないことは日が昇って明るくなるころには何となく想像できた。
 結局、通電したのは、およそ12時間後のことである。「BLACK OUT」(全電源喪失)というニュースの見出しに1977年の"New York City blackout"を思い出し、電気エネルギーがどれほど今の生活のありようを支配しているのか考えさせられた。そしてテレビには被害の様子が映し出されている。その場所にあった日常の生活が私の場合よりももっと厳しくつらく哀しいものに変貌してしまっていることに言葉を失う。

★「引っ越し作業」

はてなダイアリー”サービスが終了とのことで、新たにブログを立ち上げ、その引っ越しをした。
ほとんどがTwiiter連携で気になることをメモがわりにしてきたものだ。ネット空間に”ポイ捨て”した無用のモノになりかねないが、いましばらく私自身の思考の過程を記録する備忘録としていきたい。

2018年09月01日のツイート

2018年08月31日のツイート