★転住から居住へ

 慌ただしい引越しからほぼ1か月が経った。まだ周囲の環境に、空気感や生活感も含めて、慣れていない。クルマも処分したので移動は歩く、自転車、バス、地下鉄のいずれかを目的によって使い分ける必要がある。それに住居が月寒丘陵の一角に位置するので、坂の登りおりが年相応に身体に堪える。が、それにも慣れるだろうと楽観している。藻岩山が以前のところより近くに見えるのに今のところは救われている。

★転住・転宅

 2014年暮れの12月に入居したマンションを引き払い、転住することになった。その算段はほぼすべて配偶者が仕切っている。私にはそうした能力が欠けているからである。とは言っても仕事で使ったメモ類、ノート類から細かな文房具、さらには電子機器の類、70年代学生時代に固め読みしたISBNコードのない文庫本、新書本、単行本の類など、私自身に関わるものは、昨年末から少しづつ整理し、処分をしてきた。勤めていた大学の研究室においていた本に雑誌の類も退職にともなって処分をした。たまたま知った古本屋に引き取りを頼み、持っていた蔵書の3分の2近くは古書としてこの世のどこかに存在し続けることができそうだが、残りのものは廃品回収(今は貴重な資源回収と表現する)業者に出した。
 私が物心ついた時から60年余の軌跡がそれら本や雑誌には宿っている気配を覚えながら、古本屋の評価を待つ間、何か自分の心の中を覗き込まれている気恥ずかしさがあったことも確かだ。
 整理の中で出てきた段ボールの中に押し込まれたままの取材メモや学生時代の大学ノート、旅行で行った先で集めたマッチ箱、利用した列車や航空機のチケットの類は色あせている。その状況が今の私の心根を凝縮しているようだ。この転住を機に自分の「所有」するものを処分していく必要があることに気がついた。
 

◆"GREEN BOOK" & "THE MULE" & "ON THE BASIS OF SEX" 「グリーンブック」と「運び屋」そして「ビリーブ 未来への大逆転」

★邦題:グリーン・ブック 監督: ピーター・ファレリー 製作・共同脚本:ニック・バレロンガ 出演:ヴィゴ・モーテンセンマハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ 2018 アメリ
★邦題:運び屋 監督:クリント・イーストウッド  原案:サム・ドルニック 脚本:ニック・シェンク 出演:クリント・イーストウッド(アール・ストーン)、ブラッドリー・クーパー(コリン・ベイツ捜査官)、ダイアン・ウィースト(妻メアリー) 2018 アメリ
★邦題:ビリーブ 未来への挑戦」監督:ミミ・レダー 脚本/制作総指揮:ダニエル・スティエプルマン 出演:フェリシティ・ジョーンズ(ルース・ベイダー・ギンズバーグ)、アーミー・ハマー(マーティン・ギンズバーグ)、ケイリー・スピーニー(ジェーン・ギンズバーグ)2018 アメリ
 この3月に鑑賞した3本の映画。This is America!!―アメリカ礼賛のアメリカ映画という感想だ。中には「白人礼賛主義」との評価を下す人もいる。

◆モラトリアム モシクハ デフォルトの悪夢

 今、私の財布の中身は、私の労働の対価として、契約を交わした上で、雇用者側、あるいは仕事の発注者側から支払われたものだけである。私の持つ100円は、101円としての価値は持たない。ところが、「時間」によってこの価値が増殖することを考え出した人間がその昔にいた。「利子」「利息」である。そして生産物・サービスの対価は、需要と供給のバランスによって決定されるという経済活動の原則が認識されると、今度は価値が価値を生むことにも気づく。こうして人間が集まって形作る社会のあるべき姿が、共有される。経済成長こそが善であるとの思想が世界を覆う。それらの基盤をなすのが「統計」という情報の集合体であることに気付くのは当然のことである。そしてその抽象化された情報を利用して100円を101円に、いや何倍にも何百倍にもできるシステムを構築することに知恵を傾けてきた。これにまやかしがあれば、私が生きていくために寄って立つ100円の価値が全く信用できないものとなる。今、現在進行形で起きているこの国の一連のまやかしがMoratorium and Defaultという悪夢を予感させている。国とはやはりいささかも信頼できるものではないということか。

◆「時代閉塞の現状」……

 ”子殺し””親殺し”、”煽り運転”、”ヘイトスピーチ”、”クレーマー”――不寛容の精神構造、そして時代の閉塞感、日本のみならず世界が得体の知れない”空気”に覆われ始めている。

★映画「ビブリア古書堂の事件手帖」

監督:三島有紀子/脚本:渡部亮平松井香奈/原作:三上延(メディアワークス文庫 KADOKAWA)/キャスト:黒木華野村周平成田凌夏帆東出昌大・妹役?/配給20世紀フォックスKADOKAWA 2018年
 この映画でも黒木華はがんばっている。野村周平のセリフ回しの声が菅田将暉に似ていることに気づいた。栞子の高校生の妹役(名前はWEBサイトで確認できると思っていたら出ていない)がとても自然でいい演技をしていた。
 文学好きというか本好きにはちょっと楽しめる映画だが、ミステリー仕立てが何か中途半端なストーリー展開かも知れない。時代と場所の設定も何かしっくりこない印象を持ってしまった。冒頭の絹子祖母ちゃん(渡辺美佐子)の葬列のシーンから時代、場所が何とも曖昧不明になってしまったのだ。”切通”、”江ノ電”が出てくるから鎌倉なのだろうが、冒頭のような葬列には違和感がある。それがずーっと今と過去のシーンの行き来のひっかかりになっている。

★映画「止められるか、俺たちを」

監督:白石和彌/脚本:井上淳一/キャスト:門脇麦(吉積めぐみ)・井浦新(若松孝二)・山本浩司(足立正生)・岡部尚(沖島勲)・大西信満(大和屋笠)・伊藤空(高間賢治)・渋川清彦(松田政男)・音雄琢真(赤塚不二夫)・高岡蒼佑(大島渚)・寺島しのぶ(前田のママ)/配給:若松プロダクション、スコーレ/2018年 
 若松孝二へのオマージュ。60年代末から70年代はじめの混沌とした社会、政治にエロ・グロ・ナンセンスのごった煮のような状況の時代の話である。私自身、北国の地方都市からある種の憧れをもって早稲田に入ったころ、授業はまともに受けられず、デモに誘われ、セクトに誘われ、そのうちに麻雀荘の海の中に沈んでいった。80年代に入っていつしか「学生運動」の熱は冷め、バブル景気にイケイケどんどんの世の中に左翼は埋没していく。もちろんそれと一緒に右翼もいつしかその声の音量は絞られ消え失せていた。そうなのだ、拝金主義に走り、この時代の”ソーカツ”もせずに、今はたんなるキレる老人になってしまった者たちがこうした時代を作ってきたと思えば、何となく納得できる映画なのかしもれない。
映画の公式サイトは、http://tomeore.com/