●『踊る、舞踊譜 北海道千歳泉郷獅子舞を事例として』(共同文化社刊)

 この9月に『踊る、舞踊譜 北海道千歳泉郷獅子舞を事例として』という本が出ました。それが、研究(科研費助成)事例として取り上げた千歳泉郷獅子舞のある地域を購読エリアとする「千歳民報」に紹介されました。
  http://www.tomamin.co.jp/2011c/c11093001.html
 本の内容は、形はあるけれどもそれを演ずる人がいなくなると「消失」してしまう伝承芸能の獅子舞を、舞踊譜という形式に新たに描き起こし、紙メディアによって未来への保存継承のための有効な手立てとしてもらうおうというものです。舞踊の専門家であり札幌文化奨励賞を受賞している赤川智保さん(札幌国際大学短期大学部講師)による舞の分析と舞踊譜化、それを詳細に図版化したイラストレーター・岩川亜矢さんの克明な図を、囃し方の笛と太鼓の音符(採譜協力は伊藤桂子札幌国際大学短期大学部助教)と各パートごと(花持ち、獅子頭、胴幕)のスコア(総譜)としてまとめているのが大きな特徴の本です。 
 このブログのようにデジタル情報による保存継承は、“日進日歩”で技術が新たに生まれてくる実情からたちまち“無用”になってしまう危惧があります。加えて、記録メディア、さらにその記録メディアに蓄積された情報を可視化するソフトウェアが、同様に“明日には産業遺産”というようなことになりうる状況から判断すると、グーテンベルグ活版印刷術の発明以後、ほぼ500年以上に渡って社会を構成する基盤としての役割を果たしてきた紙メディアが、今のところ、一番信頼性が高いのです。こうした意味合いを含めた舞踊譜ということです。とはいえ、この本は、iTunes STORE電子書籍としてもアップされています。何と矛盾しているではないかと指摘されるでしょうが、あくまでも書籍が“正本”、電子書籍は“副本”と考えています。
 私は、この調査研究の分担研究者として、北海道の獅子舞、それも無形民俗文化財(or無形文化財)に指定されたものを対象に現状をアンケート調査し、それをこの本の中に併記しました。私の部分は論考を加えたようないわゆる“論文然”としたようなレベルには至っていない実状の報告のみです。ただし、本論の舞踊譜の部分は、たくさんの人に見ていただきたい内容になっています。出版社は札幌の共同文化社です。
 千歳民報の記事では、アーカイブズという言葉がキーになっていますが、これは日本国内では必要性や有効性がまだまだ評価されていない分野です。このアーカイブズに関する日本の現状と問題点を的確に指摘した本として『アーカイブズが社会を変える 公文書管理法と情報革命』(松岡資明著/平凡社新書/2011年4月11日初版1刷)があります。舞踊譜については、既に世界的に評価を得ているラバノーテーションといった高度な記譜法があります。また、日本舞踊の分野でも様々な形の記譜法が存在しています。この本で提示しているものは、評価に曝されていない独自の方法論でもあり、アーカイブズという概念からは逸脱しているのではないか、との懸念も、私の中にあります。ですが、そうした曖昧で混沌とした部分を私たちなりに勝手に飛び越えて、無形の文化資産を後世に伝える方法論の一つとして提示しました。
 今年の4月に施行された公文書管理法は、このアーカイブズ分野の法的な背景としてあり、現在、「アーキビスト資格」という専門知識を持つ人材を産みだそうと、私の所属する日本アーカイブズ学会では検討が重ねられています。が、その法律の対象とするのはあくまでも「公文書」ということになります。ですから、まだまだ議論をしなければならない問題があると私は考えています。そのひとつが、無形(共時的な文化資産)のものを有形(通時的文化資産)にするという、私たちの試みた「舞踊譜の生成」という方法論で、ある意味、“恣意性”をともなう、というか、避けて通れないものを、アーカイブズのカテゴリーとしていいのか、ということです。
 松岡正剛という知性の人が、『知の編集術』(講談社現代新書・2000)にこう書いています。――既に世界を取り巻く「問題」は出尽くしており、21世紀はその問題とどう取り組むのか「方法」の時代になっている――と。つまり、全ての学問が「方法論=Methodology」の構築に明け暮れているのが現状なのだと考えれば、私たちのこの本の意味性も十分にあるだろうと、考えます。
 しかし、こうした枝葉末節、重箱の隅を突くような議論は、所詮、相対主義歴史観に収斂されてしまうものかも知れないとの思いがあるのも事実です。